旅行の写真やスケッチを掲載します。
by Michiko
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カテゴリ:旅( 24 )
古都 奈良・京都
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              春雨にけむる 東大寺

中学校時代 京都・奈良の修学旅行以来 何十年たったことでしょう。

テレビの映像では何度もみてはいるのですが、この目で何十年ぶりで大仏様を拝みました。
中学生の頃の記憶はすっかり薄れていましたので、初めてのように新鮮な気持ちでした。
最初の日はあいにくの雨で傘を差しながらでしたが春日大社から東大寺まで歩きました。
翌日は奈良駅から法隆寺駅まで行き 法隆寺をゆっくりみてまた奈良駅に戻り
興福寺へゆきました。人馴れした鹿があちこちにいたりしました。

万葉が薫る平安の古都は今を生きる私たちにも色濃くいにしえを語りかけてきます。

京都に移動し やはり代表的な八坂神社、清水寺、銀閣寺、金閣寺をバスや歩きでまわりました。

サンフランシスコに住む知人が来日していて京都で合流するというプランでの旅でした。

日頃 万葉集の美しい世界にあこがれを感じておりましたが、古典をもっと勉強してから
いつの日にか ゆっくりと大和路をあるいてみたいです。

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               法隆寺
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by michikobaya | 2011-05-20 18:03 |
佐渡の宿根木
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              宿根木の細い道路

佐渡島に観光を兼ねた2泊3日のケッチ旅行にいってきました。
新潟から佐渡汽船のカーフェリーで両津港に着き、翌日、江戸時代をを再現した
佐渡金山の鉱脈を見ました。
流人の鉱夫たちの人形が自動的に動き
「早くしゃばに出たい」「酒を飲みたい」「馴染みの女に会いたい」
と言いなが暗い坑道で鉱石を掘っているのです。


小木港近くに宿根木という重要伝統的建造物保存地区があります。
中世の頃より廻船業を営む人達が居住し、宿根木浦は佐渡の富の三分の一を
集めたと言われるほど栄えましたが、幕府の小木港整備で商業の中心が
小木港に移行すると村には船大工や造船技術者が居住し千石船産業の基地として
栄えました。
その集落形態が約1ヘクタールの土地に110棟の家屋が密集し、軒と軒が
接触するほどで通路は人はすれ違うことが出来ても自転車は無理という狭さです。
現在でも人が住んでいる家があり、話し声やテレビの音が観光で通過するものにも
聞こえてきます。
細い路地を左右の家々を見て歩くと軒下に扇形の飾りがしてある家がありました。
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      飾りを施した建物を楽しむ船大工ならではの光景です。



宿根木の村を暫く歩くと・・・・
昔の集落の機能や人々の助け合いながらの暮らしや、捨てようとしても捨てきれない
文化の重み、いつまでも持ち続けたい家と家族の絆・・・・
そんなことが ゆっくりと語りかけてくるようでした。
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by michikobaya | 2010-08-09 15:12 |
倉敷を訪ねて
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         倉敷川の両側に並ぶ江戸情緒の町並み

冬の旅として少しは暖かい山陽地方を旅することになりました。
その2日目は倉敷市を尋ねたのです。

倉敷美観地区と呼ばれる倉敷川畔の両側は江戸時代からの豪商の館や白壁の蔵
などが国の伝統的建造物保存地区に選定されています。
江戸時代、綿の商都として栄えた倉敷は明治にはそれを加工する工業の町へと前進し
街の豪商大原家が創業した倉敷紡績の発祥の地で旧大原家住宅はこの美観地区の
入り口近くにあり、日本で初の私立西洋美術館で有名な大原美術館もこの川岸の
美観地区にあります。
倉敷紡績の工場跡地は今は「倉敷アイビースクエア」と呼ばれて赤レンガの建物は
蔦の絡まるウエディング館にもなっていました。
工場跡地と現在の道路の境界の煉瓦の塀は頑丈で4m位の異様な高さでフト
女工哀史のことが脳裏をかすめましたが今はそれを語る人も居ないことでしょう。



この倉敷に住む同窓の友人に何十年ぶりで再会し、この街を案内していただきました。

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         大原美術館の倉敷川畔からの正面入り口
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by michikobaya | 2010-02-04 06:55 |
古屋敷村
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          傷みが進んでいる 茅葺民家

山形県上山市の中心部から旧東街道を東南へ12kmほど進むと点在する
茅葺屋根が見えてきます。深い大自然の森林に囲まれた標高550mの山腹に
寄り添うように 今は傷みが激しい茅葺民家が17棟あります。
かっては、マタギや養蚕業、製炭業で暮らしをたてていたようです。

昭和59年にこの古屋敷村を舞台にした長編ドキュメンタリー映画小川伸介監督の
「ニッポン国古家式村」がベルリン国際映画コンクールで批評家賞を受賞していました。

この茅葺民家を保存しようと市民団体「古屋敷村の保存を考える会」が映画祭で
「ニッポン国」の上映や集落の現状を見るツアーを企画されましたので参加しました。

今は住む人も絶えた民家は崩れそうになってブルーーシートも破れて風になびいていました。
傍に流れる小川の緑色の水草がゆらゆら揺らめいて飲めそうな綺麗な水でした。
きっと小川の流れは、この地で鉱山が発見された寛永年間から現在も変わらず同じ流れなのです。

生活様式の変化や過疎化で現在はこの集落に住んで居られるのは2人だけで
尺八のお師匠さんとお弟子さんだけとか・・・・。

昔ドキュメンタリー映画に出演されていた木村廸夫さん、花屋紀子さん
(お二人とも70代後半)が今は上山市内にすんでおられて 
この日は駆けつけられて映画撮影された当時の村人の様子や撮影秘話のお話を聴きました。

茅葺の古い民家は我々が住んだ経験がなくても
心の故郷には里山に囲まれた美しい森や小川、そこでの暮しは
日本人なら誰もが愛惜を感じずにはいられません。
生活様式の変化や過疎化で日本の古い建物が維持されず朽ちてゆくのは
大変残念な思いです。 

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by michikobaya | 2009-10-14 15:42 |
那須の飯田牧場
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                 移植がされて咲いたお花畑

仙台市青葉区の奥地にあった飯田牧場が那須に移転されて一年半になりました。
牧場の石窯でよくパンを焼いていたお仲間と久しぶりに那須で集まりました。
放置状態だった牧草地を耕し、お花畑や麦畑が出来ていました。
牛舎には子牛も生まれて40頭になっていました。
昔、那須のその辺りでラベンダーが育たずに全滅したことがあったそうで
仙台から移植されたラベンダーが今年はお花が咲くかどうか?
今後の観察が必要とのことでした。
那須で初めて収穫された小麦粉をお土産にいただきました。

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この小麦粉で宮城の郷土料理「はっと」を早速作ってみました。
練って平たくして茹でた「はっと」はいつものとは違っていました。
今までは日清製粉の粉で作っていましたが 生地の色が茹で上がっても白く
食感もツルンペロンとしていたのです。 
頂いてきた「ゆきちから」で作ったのは茹で上がっても白ではなく薄いベージュ色で
コシが強くシコシコしているのです。
本当の日本の小麦粉って これが本モノと初めてわかりました。

私達はいつのまにか工場で大量に生産される食品の味に慣らされて
自然のホンモノの味を忘れてしまっているのかもしれません。
昔に比べて自宅で料理することが次第に少なくなり、若い世代は
出来上がった食品を買ってきて食卓に並べるだけの食事習慣が
ますます多くなっていくようです。
おふくろの味というのもスーパーで小さなパックに詰めて売られていて
便利ですが、これから育つ子供達の食生活に、これでいいのかしら・・・・?
と危惧を感じています。 私は古いのでしょうか・・・・?
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by michikobaya | 2009-06-11 21:49 |
鎌倉の名刹 円覚寺
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                 北鎌倉の円覚寺

鎌倉には多くのお寺があるのですが、その一つに
JR北鎌倉の駅から徒歩1分のところに鎌倉の名刹 円覚寺があります。
総門から入っていくと山に向かって一直線に次々と院や庵など19の塔頭寺院が
建っています。

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6万坪の境内は修行僧の方達の手で塵一つ無く掃き清められていました。
箒の筋目が残っている砂利道を歩くのは もったいないような気がしました。

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この寺は紅葉が美しいことでも有名ですので、
これからの季節は観光客が多くなることでしょう。
少しシーズンが早い今は 訪れる人も少なく
静かに いにしえを偲ぶにはちょうどいい 大人の散策路でした。
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by michikobaya | 2008-09-25 22:41 |
アメディオ・モディリアーニ展
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                   おさげ髪の少女

岩手県立美術館で アメディオ・モリディアーニ展が開催中です。

彫刻を目指していたモディリアーニは健康上の理由と資金不足から絵画に転向し
数多くの人物画を描きました。
どの絵も首が長く、なで肩に描かれているのが特徴です。
風景画は生涯に3点しか描かなかったそうですが、
そうであれば尚見たいと思うのが常ですが今回の企画展には出ていませんでした。
モディリアーニは美貌と気品を備え教養豊かな人物でしたが、35歳の若さで悲劇的な
死を迎えました。妻ジャンヌは二人目の子を身ごもっていましたが彼の死後2日目に
投身自殺をしたのです。
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                     母と子

この絵は最初の子が生まれた直後に描かれたそうです。
どの絵も描かれた人物が、観る私たちをじーっとみつめていて
とても印象に残る絵でした。
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by michikobaya | 2008-09-15 22:55 |
箱根・旧街道の石畳
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                 箱根・旧街道の石畳

歩くことが旅だった昔、箱根八里は東海道の最大の難所だったそうです。
最高800mを越える山中は雨や雪が降ると旅人達はすねまで泥につかり
大変な困難と戦っての旅だったようです。
この道に石畳が敷設されたのは江戸時代でした。

箱根の元箱根地区の芦ノ湖遊覧船が出る 伊豆箱根鉄道船舶乗り場から
真っ直ぐに山手の方に10分ほど歩くと鬱蒼と茂る木立の中に旧街道がありました。
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今は訪れる人も少なくひっそりと静まり返ったその道は看板がなければ
見落としてしまいそうです。
雨上がりの蒸し暑い夏の終わりの日、薄暗い木立の中を歩いてみると
深とした香りが遠い時代を呼び起こします。
数え切れないほどの昔の人々の想いを石畳は記憶していました。
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by michikobaya | 2008-09-01 11:18 |
富山 と 金沢
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                      富山城

故郷 富山の○○高校卒業○十年記念の同期同窓会があり帰郷しました。

高校は清流 神通川の傍にあり、懐かしい学び舎を眺めました。
お天気の日のお昼時間には神通川の河原でヒバリの鳴き声を聞きながら
お弁当を食べて友と楽しく夢を語りあいました。
校庭にはツツジが咲いていましたよネ。
ヒマラヤスギが茂って ほの暗かった音楽室で
ピアノを弾いたりコーラスをした放課後・・・・合奏もしましたよネ。

久しぶりに見る富山城は美しい姿でした。

金沢は高校時代に日曜毎にヴァイオリンのレッスンに通った町でした。
当時は市電が走っていて駅から寺町まで行きました。
レッスンの後はよく犀川の土手を歩いたり兼六園を散歩したのでした。
何十年ぶりの金沢はビルが立ち並んですっかり変わっていましたが
犀川の流れと兼六園は昔のまま 私を迎えてくれました。

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                 金沢の 兼六園

私の耳には、遠くから微かにビヨッティのヴァイオリンコンチェルトが
聞こえてきたような気がしました!!
あの頃この曲を指導していただいた先生も、一緒に弾いた友も 
今はもうこの世にはいないのです。
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by michikobaya | 2008-06-11 22:36 |
仙台・光州(韓国)画友交流会の旅
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                仙台・光州画友交流展


仙台市と姉妹都市の韓国の光州市の画友交流展が5月29日から光州美術館で
はじまりました。
仙台からの画友12名の一員として誘われて4泊5日の韓国旅行をしてきました。
5月28日仙台からソウルの仁川空港に到着。
午前中は水原市の水原城や韓国民族村を観光し、光州に夕方到着しました。
展覧会のオープニングに出席し韓国の方達の素晴らしい絵を拝見しました。
翌日、光州の画友達とバスで移動し南の海岸近くの木浦に着きました。
木浦市長さんの歓迎の挨拶があり木浦海岸で日韓の画友達とご一緒にスケッチをしました。
木浦は戦前 日本人町があり多くの日本人が住んでいたそうですが、その地に今でも
海を見下ろす山の傾斜を利用した立派な日本式庭園が残されていて現在は韓国の
有力者の邸宅になっており、その庭園を見学させていただきました。
当時の日本人街が偲ばれ歴史の流れをしみじみ思いました。
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             今も保存されている日本式庭園


韓国側画友の会長さんの経営されている木浦のウエディング専門ホテルで
歓迎のパーティーがあり韓国宮廷料理と歌舞で歓迎をうけました。
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                韓国舞踊団の踊り


翌日はソウルに着きました。
20年ぶりのソウルはビルが林立し目覚しい発展をしていました。 
ドラマ「チャングムの誓い」を思いながら景福宮を見学し、夕方からソウルタワーに行き
周囲の山並みや暮れかかるソウル市街の素晴らしい景色を眺めました。


今回の交流旅行では韓国側の画友で70歳代の方達は
昔覚えた日本語を今も流暢に話され実業家として活躍されいて
案内役や通訳としていろいろ説明して下さり本当に感謝しました。


「カムサハムニダ!!」
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by michikobaya | 2008-06-02 15:07 |