旅行の写真やスケッチを掲載します。
by Michiko
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フキ摘み
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                山で摘んできたフキ

今日、泉が岳に行って野フキを摘んできました。

野フキもいろんな調理方がありますが、きゃらぶきは代表的な保存食です。

5月の晴天に森林浴を兼ねて野山に出かけて摘むのは楽しみですし
摘んできたものを調理し、山の自然を感じながらの食事は又格別です。
都会に住む友人にご無沙汰伺い方々お便りと一緒に送り田舎の自然を
思い出してもらっています。

きゃらぶきの作り方は 人によってすこしづつ違いますが
ここに私の作り方をご紹介いたします。

1、フキはよ~く洗ってケバを落として、適宜の長さ(3~4センチ)に切りそろえます。
2、沸騰したお湯にくぐらせたてから水に2~3時間さらしてアクをぬきます。
3、水気をとったフキをお鍋にいれ、お酒、砂糖、みりん、醤油で気長に煮詰めます。
4、お好みで七味とうがらしを少々ふりかけます。

野フキは比較的に何処にでも自生していますが、茎が緑色のと赤っぽいのがあり、
茎が緑色の方が柔らかいそうです。
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by michikobaya | 2007-05-23 17:16 | 日々のこと
新緑のニッカウイスキー仙台工場
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               ニッカウイスキー宮城峡蒸留所

仙台駅から車で30K 約45分位 国道45号線を山形方面に走ると左側に
ニッカウイスキー仙台工場(宮城峡蒸留所)があtります。
〒989-3433  仙台市青葉区ニッカ1番地

新緑が美しい5月の晴天に ここでスケッチを楽しみました。


ニッカの創業者 竹鶴政孝(1894年生)さんは日本に本格的ウイスキーをと
スコットランドに留学し、1929年日本人が初めてつくった本格ウイスキーが
できました。
1934年に北海道 余市でニッカの北海道工場が完成し、1929年念願の
第一号ウイスキーを出荷。 1969年 宮城郡宮城町(現在は青葉区ニッカ)
広瀬川と新川川(にっかわがわ)が合流する理想の環境に仙台工場が完成しました。
自然環境を生かした工場内はヨーロッパを連想させます。
見学者はグループごとに案内嬢に誘導されて工場内を見学後 ゲストホールの
試飲コーナーでほっと一息。  お土産も売っています。
作並温泉もすぐ近くで、仙台の日帰り散策ドライブコースになっています。
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by michikobaya | 2007-05-16 15:26 | スケッチ
台湾 台北
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                 中正紀念堂

連休後半は息子ファミリーに誘われて一緒に台北に3泊4日の旅をしました。

初めて台湾に行ったのは今から20年前、当時 日本語を教えていた留学生が
帰国してから招いてくれて台北にのみ滞在しました。
2回目は、それから6年後 台湾一周の団体ツアー旅行で彼女は結婚しご主人や子供と
会いに来てくれて再会しました。
今回が3回目の家族旅行でした。

20年前、外国人留学生に日本語を教えていました。
終戦直後の教育では日本の近代史を知らされずに過ごしてしまった私は
留学生を通して先の戦争の事を学び、アジアの歴史を学ぶことになりました。

現在では製造業は中国が目覚しい発展をしていますが、20年前に訪れた上海は
まだまだ貧弱で、それに比べて台湾は随分発展していました。
日本語を教えた彼女は云いました。「日本の植民地だったことは以前は恨んだし
残念だったが、台湾の今日の発展は日本軍が産業の基礎を築いて行ってくれたお陰で
中国より優れた台湾になった・・・・」云々。私は台湾の歴史を知りました。
その時も忠烈祠、中正紀念堂、故宮博物館、士林夜市などは勿論 観光しましたが
最も印象深かったのは世界貿易センターに案内してもらったことでした。
当時、私が日本の国産品だと思っていた物が実は台湾製だったモノが
数多くあったのです。  私は台湾の生産力とパワーに驚きました。

今回の訪問で20年前には無かった101階建ての 台北101 という世界一高いビルの
展望フロアから360度のパノラマで台北市内の変貌ぶりを眺めたことです。

台北駅近くのホテルに連続宿泊し街を観察しました。
セブンイレブンでは日本の駅弁を宣伝していました。
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化粧品売り場の若い女性向きのポスターは「美しさ 日本発!」の文字が
目立っていました。
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SOGOデパートの食品売り場では山形うまいものフェアが開催されていました。
クロネコヤマトの車も運転手の制服も全く日本と同じでした。

20年前と変わらず台湾の人々には日本がアジアの国では憧れであり、
日本を向きながら前進しているのだと感じました。

アジアでの日本の立場を再認識した旅でした。
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by michikobaya | 2007-05-08 23:24 |